古屋作左衛門~古屋作左衛門~鳥羽伏見の戦いの後、江戸に戻った歩兵第11・12聯隊が脱走。 これを知った古屋佐久左衛門、今井信郎らが説得にあたり、脱走の首謀者を斬首にし(といっても身代わりをたてたのだが)その場を一時治めた。 そして信州鎮撫の命を勝海舟からうけて、この脱走者に歩兵第6聯隊を加えて出兵。 この後北関東、北越、会津と転戦。 会津では嬢子軍とともに戦うなど各地で奮戦するが、他の隊と同様仙台で榎本艦隊と合流。蝦夷へと赴く。 蝦夷平定後、古屋は総督として全軍の指揮にあたった。 守備地は噴火湾方面であったが、新政府軍の上陸地が正反対の乙部であったため急遽転陣。 二股口、木古内で激戦を繰りひろげたが、茂辺地、有川の戦いで両隊長を失い総崩れとなる。 さらに追い討ちをかけるように、退却した五稜郭内において敵艦の艦砲射撃にあい戦死。 ジャンル別一覧
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